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飲食バカな放浪家ミニマリストがアルザシアンと結婚して30代の生き方について考える

ワーカホリックだった私がうつ病と過労死寸前からフリーランスとして生きることを決めた。

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こんにちは、みほつー ( @Miho2blog )です。
国際結婚の話をしてましたが、ちょっくら閑話休題、ブレイクします。

 

最近twitterに注力している私が見つけた目からウロコのツイートがありました。ヌイさん ( @nui_nounai )という方の記事の構成の仕方。

 

迷子体質の私は文章の構成ももれなく迷子になるので今回初めて参考にさせていただいて記事を書いてみようと思います。

 

nuinet.club

 *ヌイさん、ありがとうございます!今回は時間がかかってしまったけど、いつもより頭の中がスッキリしてかけました!



さて表題の通り、私は7月からフリーランスとして生計を立てることを決めました。
不安はなかったのかって聞かれるとゼロとは言い切れなかったです、正直。

でも新しいことに挑戦するのに遅いか早いよりも大事なこと。
問題なのはやるかやらないか、その2択しかないから。

 

そんな私がなぜフリーランスという道を選んでのかお話しします。

 

 

 

 

 

25歳の時に私は初めて社会人(正社員 )デビューした

 

つい最近までの私はフリーターとして飲食業界で働く人間でした。そんな私が意を決して社会人デビューを決めたのは今から10年ほど前の話。

www.miho2blog.com

 

ここにちょっとさわりを書いてるんだけど、初めての正社員で私は飲食コンサルタントになったんです。

 

飲食コンサルタントとしての主な仕事

 

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  • クライアントの店舗の現場に入る
  • 働いていく中での問題や改善点を見つける
  • 問題提議をして従業員と一緒に実践しより良い状態へ
  • 最終的なゴールは私たちがいなくなっても改善された状態がキープできるような環境を作る

 

文章として書くとこのような感じ。実際は配属される店舗によって異なります。

 


例えば、フランチャイズのお店では決められたマニュアルを変えることができないし、結局は人対人の問題なので突然来た私たちによく思わないスタッフだっています。
成果(ここでは売り上げ)が出せなかったら従業員はおろかクライアントからの信頼をも失ってしまう。

基本的には2〜3ヶ月スパンでのコンサルになるので、その短い期間で従業員との信頼を築き(チームビルディング)、同時に環境を整えて、売り上げを作らなければいけないのです。

 

 

私がこの会社を知ったキッカケ

 

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学生時代にバイトしていた飲食店に店長として来たのが、その後の私の上司となる人でした。
私の働いていた店舗はフランチャイズで売り上げはいつも予算を下回る、でもスタッフみんな仲良く働いていた、そんな所でした。
その人が来てからすぐに全てが180度変わり私たちは戸惑いまくりました。大多数のスタッフはそれに対して猛反発しました。

 

正直最初は私もいい気はしなかったです。私たちには私たちのやり方で楽しくやっているのにこの人は淡々と何もかも変えていく。なんでだろう?と疑問ばかりでした。
でも徐々に売り上げの数字が上がっていくのを目の当たりにすることになっていきます。

他のスタッフも戸惑いは消えきってなかったけれど、だんだん成功に向かっていく過程を体感して、新しい働き方を受け入れていくようになりました。

 

 

一念発起でコンサルタント業界に飛び込んでみた

 

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当時、店長代理として働いていた私は仕事後に2人でよく飲む機会が増えて来て(2人とも飲むのが好き!)、今までの彼のコンサルタントとしての経歴やこの店に対する想いを知るようになりました。 

 

何せ頭のキレる人だったので、感情と感覚だけで動く私と違い、数字や知識、経験を元に挑戦してダメだったら別の方法をとるPDCAがとても長けてて、気づいたら会社について興味を持っていました。


そんなある日に、

 

『興味があるんならうちの会社に来てみれば?』

 

『??!』

 

『動機があるだけで十分。やってみな。』

 

そう、私は飲食コンサルタントになることにしたのです!

 

 

 研修中からのモヤモヤを抱えながらのスタート

 

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中途入社で入った私。唯一いた同期の男の子は研修中にドロップアウトしてしまい、同期のいない、ひとりぼっちの不安な中でのスタートでした。

 

机上研修で数字管理やメンタルトレーニング、ノウハウ諸々を学ぶ。久しぶりの座学は楽しい面もあったけど、今思うとちょっと洗脳っぽい内容でした。

 

自社店舗で実技研修のような形で働き、やることなすことがうまくいかず出鼻をくじかれまくりました。でも研修が終わってからは、上長からいつでも相談にのるから連絡してこい!と背中を押してもらいました。


不安を抱えながらも、これはプロのコンサルタントになるための必要な経験なんだと自分に言い聞かせて、配属先が決まり、私のコンサルタントとしての出発が決まりました。
 

 

初めて店長になった

 

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私が入る前に準備はあらかたされているとのことで、私は店長としてそこに入ったのです。だけど、しょっぱなからびっくりすることがたくさんありました。

 

  • 業態を変えてのスタートでメニューらしいメニューがない
  • 取引業者も未だに交渉中
  • 店舗のスタッフがいない(派遣で賄われている状態)
  •  もう1人の同じ会社の社員が私と同じく実地経験のない新卒

 

え?これでスタートするの?
前年比の数字なくない?チームビルディング以前にスタッフがいないよ?品物がないと料理出せなくない?
びっくりハテナだらけのスタートです。

 

研修で教えてもらったこと、今までの自分の経験。そんなのは問題外でした。新しく1から作り上げていく。それがどんなに大変なことかがこの時は想像しきれていませんでした。

 

 

順調に見えた先に問題勃発

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上司のアドバイスや先輩の助けによって徐々に"運営"はできるようになって来ました。

 

私が最初に行ったことは、派遣で月に60人もの出入りがあった中で、常勤で働いて欲しい人には面接、交渉をすることによって一定の人員を確保すること、店長である私自身がお店の宣伝のチラシを作り店先で配る広報的な事をする。調理関係は別の社員にメニュー作成等を任せました。認知が徐々に広がり、たくさんのお客さんに来てもらえるようにまでなりました。

 

ある日、すごい形相をした人が来て店長を出せと怒鳴り込んで来ました。
『私です』と言っても25歳の女である私が出て行っても火に油をそそぐだけでした。内容を聞いてみると、とある業者の方で未納の集金に来た、と。
現場では分かりかねるので本社(クライアント)に連絡してくださいと伝えても、そこで話が通じないから来てるの一点張り。

 

 

営業中だったので強引に帰ってもらう即社長に確認。のらりくらりな返事。話にならないので自分の会社に電話をして調査をした結果、業態を変える前にクライアントと取引をしていた5社に対して未納がある事が判明。
その後に芋づる式に発覚したのは、家賃滞納→店舗の鍵が変えられて(事前通告なし)、せっかく来てくれるようになったスタッフの給料が滞り始める・・・。

 

問題が山積みでした・・・。 

 

 

 

全ての原因が自分にあるのではと思い始める

 

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うわべでは見えないけど水面下ではぐっちゃぐちゃ。もはや訳がわかんない。でもそれに反して売り上げは上がる一方。結果、評価されこのお店で私とクライアントの延長契約が成立。嬉しい事だけど素直に喜べませんでした。

 


私は自分のお店では細かいルールをあえて作りませんでした。
みんなが楽しく、笑顔で働けるような場所が提供出来て、最低限のマナーだけ守ってもらえればそれで良かったから。


マニュアル通りの接客ってしてても、されても面白くないじゃないですか?だったら『こういうのやってみたい!』『 これどう思う?』っていう方が面白い発想が出て、刺激しあえて、やってみたら『あ!なんか楽しい!』それが大事だと思うのです。1人1人が主役のエンターテイナーになるような、そんなお店にしたかったんです。

 

 

店長である私は、何か問題が起きたら対応して責任をとる。あとは売り上げ管理とか事務的な裏方。あとはスタッフとお店を全力で愛して守る事。それだけ。
働いてる人自身が楽しければ、お客さんもつられて楽しくなる。
そんな信念を強く持っていました。

 

 

だけど私が解決することのできないクライアントの金銭問題は私をじわじわ追い詰めました。毎日のように取り立てて罵倒され、給料をもらえないスタッフへの申し訳なさ、所属している会社からは自分のやるべきこと(運営)だけをやれ!と。
考えても考えても何も解決策が浮かばなくて、行動すら起こせなくなり、しまいには対応仕切れていない私が悪いんだと思い始めました。

 

 

朝7時から12〜1時まで。週1の休み。今思うと相当な激務でした。月の実務時間が400時間を超えることもありました。
仕事が終わらず家に帰れない日も多々ありました。ご飯も食べれない日が続いて36キロまで体重が落ちてしまっていたある日の休憩中、体がいうことを聞かなくなりました。

同じビル内のクリニックに行って診察をしてもらったら【栄養失調】とのことでした。
この飽食の時代の日本で!
その場は応急処置的に点滴をしてもらい、その日は踏ん張って仕事をしたのです。

 

 

自分の中で何かがキレた

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自分の体がここまで悲鳴を上げているのを私は栄養失調と言われるまで気がつきませんでした。むしろ努力が足りてない!もっと、もっと頑張らなくちゃ!とずっと考えていました。

 

当時付き合っていた彼がいて、あまり仕事の詳しいことは話さないようにしていたんですがある日弱音が出てしまったことがありました。
その時に彼に言われた一言が

 

『頑張りなよ〜!店長なんでしょ?』

 


そう、私は責任者。でも店長である以前に私は25歳の女の子。これでもまだ頑張りが足りないの?と。耳を疑いました。
多分その時の私は認めてもらいたかったんだと思います。一番の理解者であって欲しかったから、それを期待していた。でも彼からの返事は私を否定するかのようなものでした。

 

この事が起きてから数日後に、仕事が終わらずまたお店に泊まることになりました。
片付けをしながら考え事をしていたら気づいたら泣いていました。理由はよくわからないけど。

 

そして突然プチンと何かが切れて、私は自分の両腕を何度もなんども壁に打ち付け、お店にあった大量の卵をキッチンの床に無心で叩き割り続けました。
気の済むまでやって疲れ果てた私は床で眠りにつきました。

 

 

 

病院に行ってうつ病と診断される

 

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次の日。片付けをしなきゃいけなかったので早めに起きて準備をしました。
みんなには何もなかったかのように振舞っていたのですが、あるスタッフが私の両腕にできた大量のあざを見つけたのです。

昨日帰れなくて店に泊まってた時にソファーから落っこちちゃったのかな〜?なんて明らかに白々しい嘘をついてその場をごまかしました。

 

 自分でも何かがおかしいと思い、病院に行った方がいいなと思い、その日の夕方に半休をとり病院に行きました。
精神科です。 

 

 下された診断はやはりうつ病でした。

 

 『あぁやっぱりな。』

 

と思ったと同時になぜか安心した自分がいました。
今までに説明がつかなかった感情が、うつ病というレッテルを貼られたことで自分のことがやっと把握できた感じでした。

 

医師からは精神安定剤、睡眠薬を投与してもらい言われたことが、

 

『今は自分が変だと気づいて病院に来ることができているから良いけれど、もっと悪化すると自分の様子にも気づけなくなって病院に来る選択肢さえ持てなくなる。
だから悪化する前に仕事を辞めることを勧めます。診断書が必要なら書きますので。』

 

病院を後にして、辞めることについてとても考えました。
私が辞めたら誰が店長になるの?今まで一緒に支えてくれたスタッフを置いて私だけ去るの?と。これって"逃げ"になるのかな?

 

 

数日考えて、まずは上司に相談しました。
精神的にも肉体的にも限界だったけれど、私には守らないといけないものがあるという責任感からなかなか決断を下せず、アドバイスをもらいたかったのです。


上司は最初は少しびっくりした様子だったけど、『辞めることに関しては止めない。でも引き継ぎと次の人員手配があるから1ヶ月は残ってくれ』とのことでした。
この時に、私しかできないことだと思っていたけど、代わりはいくらでもいるんだっていうことに気づきました。
ちょっと寂しいな、と感じたのを覚えてます。



初めて死にたくなった

 

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薬の影響もあってか、私の精神状態は常に不安定でした。
私の性格って根底がクソ真面目、なのに人を笑わすことが好きなので、おちゃらけているのが好き。でも当時の私はそのギャップが自分で自分を苦しめることが多かったのです。

安住であるはずの我が家は、ボロさと私の負のオーラでとても落ち着ける場所ではなかったです。でも帰る場所はここしかなかった。

 

悶々としているある日に『この薬をたくさん飲んだら楽になれるのかな?』という考えが頭をよぎりました。そしてありったけの薬を一気に飲みました。

 

でも次の日には目が覚めてしまった。私は死ぬ勇気すら持てなかった。浅はかな考えだけど、薬で痛みもなく、気づいたら消えてなくなった、そういう最後ならいいのにと思ってた。

 

久々によく眠れたおかげか、冷静になって来て、生きたくても生きれない人もいる事、もし私がこんな最後を遂げたら両親がどれだけ悲しむんだろうと気づきました。
私はまだ生きたいんだ!と強く感じました。そしてようやく会社に退社の意向を伝えたのです。

 

 

会社を辞める決意をしてから

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退社を伝えてからも相変わらずやらないといけないことはたくさんあるし、引き継ぎをするための資料をまとめたり。
でも不思議と気持ちが楽になっていました。自分で全部抱え込んでいたことを手放す目処がついたことで力の抜き方がようやくわかって来ました。


1から育てた愛着のあるお店。去る時にはやっぱり後ろ髪を引かれました。でもここにいると結局同じことが繰り返されるだけ。
幸い私は自分でまだ回復が効く段階で気づけた。とりあえず自分の心と体をゆっくり休めたい。ようやく自分のことを考える余裕も持てるようになりました。

 

 

 立ち直る機会をくれたのは人でした

 

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住んでいた家を引き払って実家に帰りました。両親には今でもこのことは伝えていないけど、会社を辞めて家に帰ってくる位だから何となく想像はついていたかもしれません。
ただ何も言わずに以前と変わらないように接してくれました。

ずっと家に引きこもって友達ともあまり連絡も取らない日々が2ヶ月ほど続きました。その間は本を読んだり、ぼーっとしたり。
そんなある時に、研修店舗でお世話になった先輩から連絡がありました。まだ外に出かける気分にはなれなかったけど何故かこの時は行ってみようかな?と思えたんです。

 

久々にあって話すつもりではなかったのに全部をさらけ出して話をしました。
そんな私に上司はこう言いました。

 

『俺はかつて同じようにうつ病になり、首をつって自ら命を絶った後輩を知ってる。その人も相談できる人がいなくって自分が悪いと思い込んでた。みほつーが大変なのは知ってたけど、そんなに苦しんでるって気づけなかった。もっと気にかけて話を聞いてあげられたら良かった。でもみほつーが生きててくれてこうやって飲みながら話せて本当に良かった!』

 

初めて自分のやって来たことが間違ってはいなかったんだ、努力を認めてもらえた事が嬉しくって思わず泣いてしまいました。

 

彼はその亡くなってしまった人の第一発見者だったそうです。その時のことは想像すら私にはできません。トラウマにだってなりかねない。
もしかしたら私はそうなっていたかもしれない。

人の死って、自分が思っている以上の範囲の人に影響を与えるんだとこの時に気づきました。
そしてこの日を境にうつ病で飲んでいた薬を飲むことを卒業することができました。

 

 

 

フリーランスとしての道を歩むまで

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会社員を辞めてからフリーで働きたかったけれど、自分にそんな能力や才能があるとはとても思えず、頭の片隅にそういう職業も存在しているんだと思いながらその後も数年間働きました。
その間に海外に行って英語を習得したことによって見えてくる世界が以前と比べることができないくらい広がりました。

 

 

私の場合は結婚を機に海外(フランス)に移住したことがきっかけでフリーランスを始めました。以前の私にはその勇気がなかっただけ。冒頭にも書いたけどやるかやらないか、それしかないんです。早く初めていれば・・と思うこともあったけど、そんなことは考えていたって過去は変えられないんです。




もし今あなたが働いている会社に疑問を感じたり、毎日辛い思いをしていて、少しでもフリーランスとして働くことに興味があるのであれば、ネットでいくらでも情報を調べることができる時代になりました。本業との兼業で2足のわらじを履くことも出来ます。そんなアクションを起こしてみるだけでも悪くないんじゃないでしょうか?

 

 

生き方を変えたおかげで、会社員時代に抑制されて支配されてしまった私の心を取り戻すことができたし、実は守られているようでいなかったそんな環境から抜け出して、自分で自分のことを守ってケアすることができるようになりました。私はまだまだ駆け出しだけど、この道を選んで良かったって胸を張って言えます!

 

 

過去を振り返っても未来はない、不満がある現在なら輝かしい未来は見えない。だったら自分で未知の未来を切り開いて行くほうが新しい世界が見える。
何も行動を起こさないことが何よりも自分を不幸にするんです、成長が止まるから。
これからは個人としてどう生きて行くかが大事な時代になります。


これを読んで誰か1人でも背中を押すことができたなら私の本望です。

 

会社であなたの代わりは実はいくらでもいる。
あなた自身はあなたでしかいれないから心地よく自分の心に素直に生きていい!
自分が幸せでいることで、初めて周りの人を幸せにできるから。

 

 

それが伝わったらとても嬉しく思います。