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飲食バカな放浪家ミニマリストがアルザシアンと結婚して30代の生き方について考える

ベルリンの壁を散歩していたら脳内がパンクしそうになったお話

f:id:miho2blog:20171001051918j:plain最近アートに対する熱がだいぶ上がってきてます!!
こんにちは、みほつー( @Miho2blog )です。

ベルリンにきた目的はいくつかあったんですが、そのうちのいくつかについてお話しさせてください。

www.miho2blog.com前回記事はこちらからお読みください

 

ベルリン在住のお友達に会いにきたのが主だったんですが、ベルリンと言えば!な所にも行こうと思い午前中にお出かけしてきました。

ベルリンの壁が見たい!

とは言ったものの、学生時代に歴史の授業で勉強した中でドイツに関して知っているわずかなこととの1つがこのベルリンの壁。世界史に関して昔は全く興味が持てなかったんです。今でこそ旅行という趣味を持って、微かな記憶を頼りに見たり、あとでググったり。もっとちゃんと勉強しとけば良かったって思いました。まぁ、後の祭りだし、これから勉強すればいいじゃん!って結論に至りました。

電車に乗って出発!

最寄駅のOstbahnhof駅に向かいます。ちなみに他のドイツは分からないのですが、ベルリンの公共交通機関、とーーっても複雑です。あまり大きな声で言えませんが、乗車賃の購入の仕方が分からず数回払わずに降りてしまいました…。ゴメンナサイ。
良い子の皆さんはマネしないように!


ベルリンの交通事情について詳しく書かれているブログを見つけたので、よろしければご参考に。

www.tabinotebook.com

駅からは至って簡単です。Mühlenstraße(ミューレン通り)沿いに向かいましょう!

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突き当りがまさにミューレン通り

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こんな感じで始まっていきます。では近づいていきましょう!

イーストサイドギャラリーとは

1961年の夏に突然西ドイツを囲う壁ができました。それがベルリンの壁。それから20数年余りの間東西ドイツは分裂された冷戦状態が続きます。
そして1989年の11月に東欧革命でドイツ国内が混乱している最中に、東ドイツの人々が国境の検問所に押しかけて西ドイツに流れ込みました。

これがいわゆるベルリンの壁崩壊と呼ばれています。このイーストサイドギャラリーとは現存するベルリンの壁で最長の1.3kmあり、オープンギャラリーになっていて様々な国のアーティストによって描かれたアートを見ることができる、野外の美術館のような場所なのです。

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  • Errichtung der Mauer    ベルリンの壁が出来た年
  • Mauerfall        ベルリンの壁崩壊の年
  • Bemalung      ベルリン再統一の年
  • Instandsetzung      絵の復旧作業がされた年

*解釈が間違っていたらすみません

個人的に気になった作品をいくつかPICK UP

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幸せの象徴の鳩が鉄球を咥えて飛んでいる様子

ただの鉄球ではなくてちょっと崩れた形なのと血?なのか赤い色で塗られて、見切れてしまってるけど左にあるピースサインをしている手がなんだか不自由さを感じさせました。

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ベルリンの壁が存在していた20数年の間に136名の人が亡くなったと言われている

自由を求めて136名もの人が命を落としてしまった。でもこの勇気ある行動によって支配されていた環境が不安定になり壁が崩壊。ベルリンの壁は東ドイツから西ドイツに流入したドイツ難民によって建てられて、ドイツ難民によって崩されたのです。

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無表情だったり、恐怖に怯えた顔だったり

自分だったらどんな顔をしていたんだろう。自由になれるかもしれない嬉しさ、捕まってしまう恐怖。想像が出来ませんでした。

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東ドイツのVEBザクセンリンク社が生産していたトラバントという小型車

閉じ込められた東側の人々が、ベルリンの壁崩壊をきっかけに国境の検問所を通行できるようになったのは長らく続いた共産主義の終息の象徴とされたよう。
左上のTEST THE RESTのしっくりくる意訳が浮かばないんです。どういう意味なんだろう?

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ドイツとイスラエルの国旗が合わさったアート

第二次世界大戦中にヒットラー率いるナチス党がユダヤ人を大量虐殺した歴史があり、このことはホロコーストと呼ばれています。

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イスラエルのアパルトヘイト・ウォール

こちらは数年前に訪れたイスラエルのパレスチナ自治区で撮影した分離壁。高さが10mほど長さも700kmほどあります。

 

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あれ?日本語??

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やっぱり日本だ!!

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富士山と四重の塔、両脇に分離された壁のようなもの

これも真意は私はよく分からなかったけど、冷戦時代の西ドイツと日本は極めて良好な関係だったそうで。自動車産業でライバル関係になりつつも経済の観点では共に成長を遂げたという面もありました。

この分離された壁から見える遠いこの日本の景色に何を重ねて見てたんでしょう?

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イーストサイドギャラリー内で有名な絵の1つ

このおじさん同士の熱いキス。でももちろんただのおじさんではありません。
「独裁者のキス」と呼ばれる作者不明の作品で旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東ドイツのホーネッカー書記長のキスです。

第二次世界大戦後の複雑で密接な関係性にあった両国をした絵。ちなみに実際にこの2人はキスを交わしていたそうです。

まとめ

この他にももちろん様々な絵が描かれていました。描いた人が何を思って描いたかは見ている人の想像に委ねられるものだとは思うけど、プラスアルファで歴史的背景を知っているとより興味を持って理解が深められて良かったです。

正直思っていたよりも壁の高さが低いなと感じました。写真でちょこっと乗せたイスラエルの壁のようなものを想像していたので。でもどちらにせよ壁を作るっていうこと自体がどんな事情にせよ悲しすぎる出来事ですよね。

心理的な見えない壁も物理的に見える壁もどっちも人を悲しませる、これは万人の共通認識だと強く思いました。

”芸術”って明確な何かをメッセージとして伝えている場合が多い気がするけど、”アート”は作者が想いを乗せて描き、見る人によって受け取り方が違うように答えがいくつもあるようなイメージ。それを今回このイーストサイドギャラリーで感じました。
感じることが多くありすぎて、脳内にガツンといい刺激をもらえて来て本当に良かったなと思える場所でした。

 

うっかり予想以上に長くなってしまったので、この日の午後のお話は次回に!いつも読んでくださってありがとうございます!